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夜のおつまみ

夜な夜な酒のつまみになる何かを探してさまよった記録です。

住まわせてやっているという感覚

パリのテロ事件を見た知り合いが、こんなことを言いました。

 

「テロの人たちは、フランスに住まわせてもらっているのに、パリを壊してどうするつもりなんだろう?」と。

 

すごく違和感を感じたのが「住まわせてもらっている」という感覚です。

 

フランスが移民を受け入れるには、それ相応の理由があったはずで、それは、フランスにとっても得になるから受け入れているわけです。ということは、住まわせてやっているのではなく、お願いして来てもらっている、という面もあるはずです。

 

それは、日本についても同じ話です。以前読んだ記事で、国内の大学生には貸与の奨学金ばかりなのに、海外からの留学生には返済義務がない奨学金があるのはおかしいと言った議論がありましたが、こんなことを真顔で言う人は超アホとしか言いようがない。海外からの留学生のうち一部の人については、日本国政府がお願いしてきてもらっているわけです。勉強させてやっている、わけではなく、勉強してもらっているわけです。

 

日本にいる中国人留学生や韓国人留学生も同じです。あるいは、将来、日本が移民を受け入れる時もそうでしょう。若年労働力不足への対策であるのは言うまでもありません。ひょっとしたら、将来は日本に定住し、日本国籍を取らせて、日本国民の数を維持しようという目論見すらあるかもしれません。いずれにせよ、意図してきてもらっているのであって、決して、「住まわせてやっている」という感覚ではありえないはずなのです。

 

にもかかわらず、「住まわせてやっている」という感覚は、これを口にしない慎み深い人であっても、実は横溢しているのかもしれません。

 

そういう感覚が色濃く残存している限り、優秀な外国人は日本を選ぼうとしないと思うのですが。ある種の悪循環ですね。

 

 

 

 

 

人口激減―移民は日本に必要である (新潮新書)

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移民と現代フランス―フランスは「住めば都」か (集英社新書)

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